神戸地方裁判所姫路支部 昭和36年(ヨ)100号 判決 1961年12月13日
申請人 香山巖
被申請人 播磨鉄鋼株式会社
主文
申請人が被申請人に対して提起する雇傭契約存在確認竝に賃金請求の本案訴訟の判決確定に至るまで
(一) 申請人が被申請人の従業員である仮の地位を定める。
(二) 被申請人は申請人に対し仮りに本件判決言渡の日より一日金五百四十五円の割合による金員を毎月二〇日メ切り、月末の前日に支払わねばならない。
申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
申請代理人は申請の趣旨及び理由として本判決末尾添付の仮処分申請書の記載のおり述べた。(疎明省略)
被申請代理人は「申請人の申請を却下する。」との裁判を求め、答弁として本判決末尾添付答弁書記載のとおり述べた。(疎明省略)
理由
申請人が昭和三六年五月一一日被申請人に雇傭され、同年五月三〇日に六、〇〇〇円、六月二九日には一六、三〇〇円、七月二九日に一六、六〇〇円を支払われたこと竝に同年七月二九日付で解雇を言渡されたことは当事者間に争がない。そこで右解雇の事由について考察するにいづれも成立につき争のない甲第一、二号証、乙第一号ないし第四号証、証人名耶勲、同川副悦正、同川副政敏、同野村一登、同野村孫次、同大谷福一の各証言及び申請人本人尋問の結果を綜合すれば、一応次の諸事実が疏明せられる。
一、申請人は十六才の時満蒙開拓青少年義勇軍を志願し、渡満したが、敗戦後は初めは日本人会の病院に勤め、次いで中国人経営の製紙工場建設ないしその作業員として労働に従事し、昭和三三年六月漸く日本へ引揚げて来たものであること。
二、申請人は右引揚の船中で胃潰瘍に罹つたが、右病気はその後恢復し、肩書住宅に居住し、製麺工場に勤務していたが、長時間の勤務でありながら給料が安く、妻子三人家族の生活を支えるのに難儀していたこと。
三、申請人は共産党員で、政防法反対のビラを撤布したり、衆議院の選挙には共産党員の応援をしたりし、又隣保の寄合等には共産主義的言動を吐露していたこと。
四、被申請人会社の網干工場の理材班長の申請外川副悦正は申請人と向い合せの町営住宅に居住して居り、同一隣組一に所属していたので、申請人が共産党員であることまで知らなかつたとしてもその同調者であろうことを認識していたこと。
五、かねて申請人の妻が川副悦正の妻に申請人の就職につき頼まれていた矢先、川副悦正の従兄に当る申請外川副政敏が被申請会社の網干工場の現場監督として労務者の採否につき決定権を委任せられていたので、川副悦正から川副政敏に申請人を紹介し、政敏が申請人に面接し、常傭雇として必要な資格につき一応審査をし採用を決定したもので、その際政敏は申請人に対し原則として三ケ月の試傭期間を経れば本採用に昇進する趣旨のことは告知していること。
六、申請人は悦正から被申請会社に就職の誘引を受けた際、
(一) 自分の健康が被申請会社の労働に耐え得るやにつき、又
(二) 政治信条の点で被申請会社が自己を採用してくれるかにつき不安があつたので、右事情を知悉している悦正に対し、右の点につき危惧の情を述べたところ、悦正は申請人に対し、(一)の点については申請人の体質に向いた仕事に配属できるし、(二)の点については自分が黙つて居れば知れない。自分や会社に迷惑をかけないようにしてくれればよい。
といつて引受けたものであること。
七、申請人は被申請会社に就職してから真面目に働いていたが、時折他の労務者に中共の労働事情を物語つたり、労働者の権利擁護のために被申請会社の労働者も労働組合を組織する必要のあることを力説していたこと。
八、然るに申請人は七月二九日午後四時頃政敏から突如解雇の申渡を受けたので、申請人としては就職以来一日の欠勤もなく勤めて来たのであり、同僚中には申請人の働き振りを賞めてくれる者さえあつたのに、解雇されることは意外であつたので、理由を質したところ、(一)三〇才を過ぎていること。(二)本採用になると重量の危険を伴う仕事に従事せねばならないが、申請人の身体では危険と思われる。ということであつたので、申請人は被申請会社の労務者には三〇才を超えた人も相当おり、又自分の体力でも被申請会社の労務に耐え得ると信じていたので、被申請会社の納得の行く説明を求めたいと云つていたのであるが、悦正もその場にきて紹介者の自分に迷惑をかけてくれるなと懇請したので、同人等に対し、それ以上追及をしなかつたこと。
九、その晩申請人が悦正宅を訪ねたところ、悦正が申請人に対し、「自分さえ黙つておれば判らないと思つていたのに、気の毒なことになつた」という趣旨のことを述べていること。
一〇、七月三一日に被申請会社は申請人に対し賃金残額四、五〇〇円(九日分)の外退職手当の名目で二万円を届けたので、申請人は右賃金は受領したが、退職手当についてはこれを退職手当名儀で受領することを拒否し、一時預ることにしたこと。
一一、本件解雇は試用期間中のそれで、解雇予告を必要とせず、被申請会社網干工場では従来試用期間中の解雇に対し解雇手当を交付していないのに、本件解雇に対し解雇手当としても三〇日分以上の金額たる二万円を退職手当として提供したのは異例であること。
一二、申請人が解雇理由につき被申請会社代表者に面会を求めたのに対し同年八月三日頃被申請会社の運輸部担当の取締役野村孫次が代つて申請人と面接したのであるが、その際申請人が同人に対し先に勤務していた製麺会社をやめて被申請会社に勤めたのであるから、解雇されては就職が困難であり、妻が腸炎と胃下垂で入院を要する身であるが子供もあり、入院も出来ない苦衷を述べたのに対し、同人はこれに同情し、穏便に退職してくれれば、自分個人としてではあるが十万円を提供すると申出たこと。
一三、他方申請人が播州不当解雇反対同盟に対し、本件解雇を不当解雇であるとし、その闘争につき援助を求めたので、右反対同盟を申請人は「播磨鉄綱の労働者の皆さんに訴える。会社側の横暴なる不当解雇」と題するビラ(甲第一号証)を作成し、今年八月六日網干工場の労務者に配布したところ、右文書に「年令が三〇才を過ぎている」ことが解雇の理由として記載されていることから労務者中三〇才を超えているものが不安がつて、川副悦正に質したところ、同人は「香山が赤だから首にしたのである」との趣旨のことを口走つたこと。
一四、申請人はその後今日まで毎日土方稼業に出て、妻子三人の暮しを立てていること。
以上の諸事実が一応認められる。右各証拠中、右一応の認定事実に反する記載及び供述の部分はそれぞ他の証拠に照らしてみて採用できない。
してみれば、被申請人に対する本件解雇は表面上年令が三〇才を超えていること及び本採用になつた場合の作業に従事した場合危険であることを理由に三ケ月の試用期間(尤も乙第一号証によれば三ケ月ないし六ケ月)に解雇したものであるが、既に見た如く被申請人会社の労務者中には三〇才を超えたものが相当いること。申請人を採用した際申請人の提出した履歴書により申請人が三〇才を超えていたことは被申請人も充分知悉していた筈であり、又被申請会社の作業には重量で危険を伴うものであるが、申請人でも十分使い得る仕事も少くないものと認められるので、右事由は到底首肯し得るものではない。寧ろ右に見た如く申請人が職場において労働組合の結成の必要を力説していることが現場監督の川副政敏の耳に入り、調査の結果申請人が共産党員ないしその同調者であることをつきとめ、申請人を職場に留めておくことは被申請会社に好ましからざるものと信じ本件解雇の手段に出たのが真相であると認められる。従つて、本件解雇は試用期間中の解雇であるとはいえ、真の理由が思想信条を理由とするものであるから労働基準法第三条に違反し無効であると断ぜざるを得ない。
よつて申請人と被申請人との雇傭契約は依然として有効に存続するものというべく、申請人は被申請人の従業員たる仮の地位を有するものというべきである。
次に申請人の賃金の仮払の請求について考察するに、本件雇傭契約が有効に存在する限り申請人は賃金支払請求権を有するものたるところ、申請人の平均賃金が一日五四五円を下らないこと及び賃金は毎月二〇日メ切り、月末の前日に支払われていることが弁論の全趣旨に徴し一応認められる。而して既に見た如く申請人は解雇を言渡されてから今日まで已むを得ず毎日土方稼ぎに出て僅に妻子三人の生活を支えてきたものであるから、本件判決言渡の日から本案判決の確定に至るまで、主文第二項記載のとおりその平均賃金を仮りに支払わしめる必要があるものと思料する。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 庄田秀磨)
(別紙)
申請の趣旨
一、本案判決に至る迄申請人は被申請人の雇傭人であることを仮に定める。
二、被申請人は申請人に対し昭和三十六年七月三十日より本案判決に至る迄一日金五百四十五円の割合による金員を毎月二十日メ切月末の前日に支払わねばならない。
申請の理由
一、申請人は昭和三十六年五月十一日被申請人に雇傭され五月三十日に六千円、六月二十九日には壱万六千五百円、七月二十九日に壱万六千六百円を支払われた。この七月二十九日付で解雇を云い渡された。そして八月一日にメ切端数九日分の給料四千五百円を自宅え届けられた。
二、申請人は別に期限を定めて労働契約をとり結んだものでないのに突如としての解雇は不当であるので其の旨を以て抗争した処
三、申請人は三十歳を越えている。被申請人会社の仕事は申請人の体格を以つてしては無理である。
との理由を述べられるのみで相手にして呉れない。
予告手当かと思われる退職手当と表記した封筒を持参して無理に置いて行かれたので其のままあづかつているけれども右理由のみによる解雇が已に不当であるのみならず被申請人が申請人を解雇する真の理由は申請人が共産党員であるからこれを嫌つてのものである。
即ち、思想信条による差別としての解雇であるから本件解雇は全然無効である。
四、申請人は妻と子を養つて全く自らの労働賃金により生活しているもので他に生活の方便を有しないので斯様な事になつては文字通り急迫なる恐暴に曝されているので本申請に及んだのである。
五、申請人が被申請人から支払われていた給料は前述の如く八十日間に(稼働日数は七十六日位である)四万参千六百円であるからこれを一日五百四十五円である且つ毎月二十日メ切月末の前日払であつた。
答弁書
申請の趣旨に対する答弁
申請人の申請は却下する。
旨の御裁判を求める。
申請の理由に対する答弁
一、申請理由第一項中、九日分の給料四千五百円也を支払つたのは七月三十一日で八月一日ではないがその余の点は争わない。
二、申請理由第二項、第三項に対する答弁
(イ) 申請人は昭和三十六年五月十一日試用として採用したものであるところ、五月度十日、六月度二十九日、七月度二十八日、八月度に八日間被申請人会社で労務に服したものである。
然るところ、被申請人会社の仲仕作業は試用期間中は砂、銑鉄のトラツク積み込みが主たるものであるが現場監督の見るところでは申請人は年令も三十四歳に達し体格もさほどよくない点もあるとは思うが作業に要領を用い精一杯の作業をして居らず、又動作に機敏を欠くところが見受けられた。
然るに本雇いとなれば、グレンの下等で船の積荷、スクラツプ等を陸揚をなし、又、スクラツプの山をくずしてバツグ入れをしたりするのが主な作業であるが、これは相当の力仕事であり機敏性を欠くにおいては危険を伴い、馴れたものでもかなり怪我をするものもあるので申請人には到底本雇いとしてかかる業務に従事させることは不適当と思われた。
(ロ) そこで七月二十五、六日頃申請人の紹介者であり、現場の直接監督である理材班長川副悦正、現場総轄監督者川副政敏から被申請人会社の常務取締役大谷福一、取締役野村孫次に具申があつて相談の結果本雇いに採用することは不適当と認められたので情に於てはしのびなかつたが、作業の危険性などを考慮して解雇することに決定したものである。
(ハ) よつて本年七月二十九日の給料日に川副政敏及川副悦正両名より申請人に対し職場に於てその旨を伝えたところ、本人は解雇理由にはやや不満に見えたが、結局迷惑もかけてもいけないから気持よくやめさしていただきます。と申し作業着など荷物を持つて帰る風呂敷を借用して帰宅したものである。
そこで同年七月三十一日右川副政敏、同悦正両名は申請人方に赴き、前記給料の残金四千五百円也及予告手当金、金弐万円也を申請人に交付したものである。予告手当金としては金一万八千円也でよかつたのであるが、申請人も気持よく被申請人の申入をきき入れてくれたのでこれに二千円也を付して金二万円也を交付したものである。
(ニ) ところが申請人はその時に至つて給料は確かに受取るが、退職金としては受取れないから一時預つておきますといつて預り証を交付した。
被申請人としては一旦承諾しておきながらかようなことを申すのはおかしいと思つたが強いて領収証というわけにはいかないので預り証を受取つて帰つたものである。
(ホ) 被申請人会社の経理としては預り証では経理の処理に困るところから去る八月十八日労務担当の高橋一登が申請人方に赴き領収証の交付を求めたところ、退職金としては受取れないから領収証は書かないから金は返すというので予告手当金の受領を拒絶したものと考え同月二十三日神戸地方法務局姫路支局に金二万円也を予告手当金として供託したものである。
三、前述のような理由から解雇したものであるが、これは被申請人会社の就業規則第七条に基くもので、労働基準法第二十条、二十一条により予告手当金として支給して解雇したもので何等不当解雇といわれる理由はないものである。
申請人は申請人が共産党員でこれを嫌つたもので思想信条により差別しての解雇であるから解雇は無効であると主張するが、被申請人会社は未だかつて申請人が共産党員であることを聞知したこともなく、本人からの申出があつたわけでもなく、本申請書によつて始めて申請人が共産党員であることを知つたような次第で、これは申請人が自己の主張を理由づけんために主張することで被申請人会社の全くあずかり知らないところで今日に於ても申請人が果して真に共産党員なりや否やも知るに由のないものでかかる被申請人会社の夢にも思わないことを理由に不当解雇を主張するのは失当である。
四、今日は不況時代とは異なり、労務者が非常に不足している時であるから申請人も適当な労務の場をさがすことは比較的困難ではないとは思われるので急迫なる強暴にさらされているという申請人の主張はあたらない。
以上の理由により申請人の申請は失当であるから却下するのを相当と思料する。